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ガハハ 酒は原価が一番か

狩撫麻礼作品について一日一言

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狩撫さんの形見

狩撫麻礼のファンたる小生にとって、狩撫さんはどんな人なのだろう、という強い関心はあった。
しかし、狩撫さんを知るために狩撫さんに実際に会う、という行為に強い抵抗がずっとあった、というのは以前のこのブログで書いたとおりだ。
しかし、狩撫さんに直接会わなくても、狩撫さんが愛した「事物」から、狩撫さんが積みかさねてきた体験を想像することはできる。

狩撫麻礼追悼ナイトの開演直後、司会のビーム岩井編集長から「おみやげ」について解説があった。
ひとつは、狩撫さんの未発表の詩を手拭いにプリントしたもの。狩撫さんの仕事場にはBob Marley "Redemption Song" の歌詞のプリントをおさめた額が飾られていたそうだが、この中に人知れず埋まっていたのがこの詩だという。
あの太いペンでカチッカチッと書かれた狩撫さんの筆跡とはかけ離れた、力の抜けた筆づかい。狩撫さんは病んだ晩年に、もうあの硬質な筆跡で書き刻む力を失っていたのかもしれない。
結句の「さよなら、また会いましょう」とは、狩撫さんの最晩年の作品「サウダージ」に出てくる台詞だ。ひょっとしてこの詩は、狩撫さんなりの“辞世の句”だったのかもしれない。輪廻転生がありうるならば、あなたと、今一度。ああ、それは私たちファンも同じ思いなんだよ、狩撫さん。

追悼ナイトのもうひとつの「おみやげ」は、狩撫さんの仕事場に置かれていた蔵書・レコードの「形見分け」だった。
本当に狩撫さんは幅広く本を読み、ディープに音楽を聴きこまれていたのだなあ、と偲ばれるラインナップだった。
一介のファンごときがこのような遺品をいただいていいのか、という抵抗もあったのだが、この形見分けは狩撫さんの奥様のご配慮であったという。関川夏央×谷口ジロー「事件屋稼業」に似たようなエピソードがあったのを連想した。奥様、本当にありがとうございました。

小生がいただいた形見分けは、狩撫麻礼追悼ナイトの終演後、来場者の皆さんに形見分けされたあとの最後に残ったLPレコード、蔵書だった。
狩撫さんの蔵書には、有名な古書チェーンの「百円」の店頭値札が貼られたままだった。私たち狩撫ファンの多くは、狩撫さんの単行本を主に古書店で探すのが習性となっている(それは今の出版業界の苦しい事情=増刷がかからず絶版が早い、というやつゆえだ)のだが、なんだ狩撫さん自身もファンと同じように古書店で本を探しておられたのだ。足マメな人だったのかもしれない、と想像した。

「狩撫麻礼追悼ナイト」で形見分けされたアナログレコードは、先立つことひと月の業界関係者むけ「狩撫麻礼さんを偲ぶ会」では出されていなかったという。そしてこれらのアナログレコードは、狩撫さんが原作者としてプロデビューする前後に経営しておられたロック喫茶「ドレッズ」で使われていたものも混じっていたとのこと。ありがたいことに、ファンだけが狩撫さんの古き時代のココロを共有できる形となった。ビーム岩井編集長の粋でありがたい心遣いに感謝。

狩撫さんの愛した音楽

小生がいただいたアナログレコード8枚はすべて、鹿児島の山奥でおなじく狩撫さんのココロを長年共有してきたミュージシャンである旧友に託した。もはやアナログレコードを再生するすらことも難しい現今ながら、レコードジャケットあるいは音楽や歌詞を通じて、狩撫さんのココロが、新たな次の世代へと伝わっていくことを願っている。


「堅苦しい戒律(タブー)だらけの
 ≪思想≫も≪信仰≫も
 持ち合わせてねえが

 魂(たましい)は伝達可能だ
 …それだけは信じてる」
(迷走王ボーダー)

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  1. 2018/08/21(火) 22:07:51|
  2. 狩撫麻礼追悼ナイト
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「時の時」に至るまで

小生、管理人の窪多は何も特別な男ではない。出版業界にも漫画業界とも縁はなく、ただ狩撫麻礼のココロに惹かれるままに生きてきた凡々たるファンそのイチに過ぎない。

だから「狩撫麻礼追悼ナイト」の冒頭で、「ツキノウタゲの窪多さんの協力で…」と紹介されたことに、面映ゆさを感じて仕方がない。この凡人は「追悼ナイト」の開催に関して物理的な協力も助力も何らしていないのだ。

だが他方で、狩撫さんの死去から「追悼ナイト」の開催に至るまでの半年ほどの間に、実はそこそこの「やりとり」があった。そのことを形ばかり記録しておきたい。

狩撫さんの訃報が公表された2018年1月15日。
その時に天地崩落級の大ショックを受けたのは、このブログにて過去に書いたとおりだ。
小生の狩撫麻礼喪失ショックは、かなり長引いた。メシも喉を通らない、というリアルな体験をしたのは、それこそ生まれて初めてだった。
10日ほどしてようやく我に返りかけたときに、最初に思い立ったことは「狩撫さんに何かお礼をしなくては。霊前にて感謝のコトバくらいお伝えしたい」であった。
しかし、そのためにどうすればいいのだろう。

アテにならないが頼れそうなすべはあった。
エンターブレイン刊の「コミックビーム」のウェブサイトやブログを長年にわたって拝見していた(本誌は狩撫さん作品が掲載されている時しか買わない不義理者だった)のだが、ここで、ブログに狩撫さんの近況を結構マメに書かれていた編集長の岩井氏、この人にお願いすれば何とかなるかもしれない、と思い立った。
藁にもすがる気持ちでビーム編集部に連絡。狩撫さんのお別れ会で、ファンからお礼を伝えることはできまいか…と。

それが、大きな縁だった。
岩井さんは以後、折にふれて近況を知らせてくださるようになった。
以下引用するのは、岩井さんがくださったメールから抜粋したもの。

2018年1月27日
> 狩撫麻礼さんの偲ぶ会(送別会}については、遺族へお願いをしている状況で、もしできるにしても、どういう形になるかは未定です。
> もし、読者のかたが参加できる形になるようなら、改めて連絡しますね。


2018年3月1日
> 先日、狩撫さんと縁の深かった、
> 双葉社、小学館、日本文芸社、そして私が集まりまして、
> 狩撫さんの偲ぶ会などについての話し合いを行いました。
> そこで、偲ぶ会自体は、一昨年に亡くなられた谷口ジローさんの偲ぶ会と、
> 同じ形で行うのが良いのではないか、ということになりました。


さもありなん。
狩撫さんも立派な「業界人」のそれも特大級の大御所なわけで、その「お別れ会」はやはり、業界葬的な色彩から逃れられぬ。そしてファンなぞは所詮は部外者なのだ。
狩撫さんの霊前にファンから線香の一本を、の希望は潰えたかに見えた。
しかし、岩井さんは上記のメールに、こう続けた。

> 私は、できれば、狩撫麻礼読者の皆さんのためにも、
> 「偲ぶ会」的な集まりをできればと考えているのです。
> 例えば、
> 新宿のロフトプラスワンのようなところで、
> 「狩撫麻礼追悼ナイト」を開催するというのを、窪多さんはどうお考えでしょう?


背筋を電撃が走った。
それこそ、狩撫ファンからの思いを捧げるに相応しい形ではないか。
ライブハウスでの狩撫麻礼の「時の時」…想像するだけでゾクゾクするではないか。

もっとも、狩撫さんの最後の遺志は「騒がぬように」であったという。
このことを岩井さんは気にしておられるように見えた。こんな派手なイベントなどをやって狩撫さんは喜ぶのか?との迷いも持たれておられたようだ。

しかし、窪多の思うところ、狩撫さんはココロの底で、ファンの声、ファンの反応を楽しみにしていたのではないか、と。
西暦2000年に開催された(これもコミックビーム編集部主催の)「いましろたかし・狩撫麻礼サイン会」において、狩撫さんがいたくお喜びだったことも仄聞していた。「俺たちのために集まってくれた…」と。
いま一度、最後になるかもしれないが、狩撫さんに喜んでもらうならこの「Live!」しかあるまい。
そんなことを岩井さんにお返事した。そして、地方在住の窪多から開催までに協力できることはさせてもらう旨を申し添えた。

それ以後、しばらく岩井さんからの連絡は途絶えた。
「ダークマスター」の刊行なども挟んでご多忙だったことは間違いないが、何より岩井さんは迷っておられるようだった。
ファン主体での「追悼ナイト」の開催こそが、あるべき姿なんじゃないか?
そのファンを率いる中心として「ツキノウタゲ」の窪多に立ってほしいのだが、地方在住では頼むに足りぬ…と。

「ダークマスター」の読後感想を書き送ったついでに、岩井さんの逡巡、苦悩に気づかぬ無神経さ丸出しで窪多はこのようにも放言してしまった。「 『狩撫麻礼追悼ナイト』のほうは、モノになりそうでしょうか?」と。
岩井さん、すみません。本当に窪多は忖度のカケラもない鈍感なバカでした。

2018年4月17日
> でも、狩撫麻礼ナイト、やっぱりやりたいなあ。
> ちょっと、本格的に、6月か7月で、ロフトあたりを抑えてみます。


2018年6月8日
> そして、ぼくは腹を決めました。
> 読者のための、「狩撫麻礼追悼ナイト」、やりたいと思います。
> 今、8月のどこが空いているか、ロフト各店(新宿・渋谷・阿佐ヶ谷)に問い合わせをしています。


2018年6月18日
> 現状、
> 8月10日(金)の深夜帯で、
> 渋谷ロフト9を、
> 抑えてしまいました。


ついに、岩井さんに何もかも任せっぱなしのまま「狩撫麻礼追悼ナイト」の開催が決まった。

「できるだけ多くの狩撫麻礼のココロに揺さぶられた同士に、できるだけこのイベントのことを知ってもらいたい」というせめてもの思いから、公式の開催発表に先駆けて「ツキノウタゲ」に予告を載せたり、公式発表と前後して「月の宴」のtwitterを開設したりして、鐘太鼓を叩いて宣伝のようなことに励んでみた。もとよりSNSとかは自分の肌にあわないと知っているので、一世一代の道化を演じた、というのが正直なところだ。
反応は、じわじわと来た。「ツキノウタゲ」にあててコンタクトもいただいたし、「ツキノウタゲ」のアクセスカウンターが平常の10倍の速度で回りだした。

小生にとっての「追悼ナイト」は、狩撫さんへの畏敬の念を表す場であるとともに、この11年のあいだに「ツキノウタゲ」に協力してくださったファンの方々への感謝を表す場にもしたい、と思った。

…こんな調子で、プロデュースしてくださった岩井さんの思いとはてんでズレたことを考えて突っ走っていた開催前の一ヶ月だったのだが。
結果的にそれはそれでよかったようだ。当日窪多に声をかけて下さったみなさん、本当にありがとうございました。ココロから感謝しています。

2018年8月8日
> いよいよ今週末ですね、狩撫追悼ナイト。
> こちらのイベント内容の仕込みも、ほぼほぼ終わりまして、
> 後は当日を待つのみ、です。


そして、2018年8月10日24時30分すぎ。
ザ・ブルーハーツの「リンダリンダ」とともに「時の時」が幕を開けた。
「ドブネズミみたいに、美しくなりたい…」と。


  1. 2018/08/16(木) 03:40:46|
  2. 狩撫麻礼追悼ナイト
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